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横浜地方裁判所 昭和39年(わ)540号 判決

本籍及び住居

横浜市神奈川区西寺尾町一、八八二番地

団体事務員

海野文夫

大正一三年八月二九日生

本籍

神奈川県藤沢市辻堂東海岸一丁目五、五七五番

住居

同県大和市下和田二六二番地

県営いちよう団地七六の二〇二

団体事務員

角田旭

昭和七年一一月一一日生

右両名に対する所得税法違反、法人税法違反各被告事件につき、当裁判所は、検察官仙波敏威出席のうえ審理をし、次のとおり判決する。

主文

被告人両名を各罰金五万円に処する。

被告人両名においてその罰金を完納することができないときは、被告人両名につき金二、〇〇〇円をそれぞれ一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置する。

訴訟費用中、証人渡辺真也、同鍾ヶ江健一、同高橋清、同亀山兵吉、同小粥正己、同松岡正通及び同長嶺ウメに支給した分は被告人両名の連帯負担とし、証人伊藤三男(昭和四五年二月五日支給分を除く。)及び同横山忠行に支給した分は被告人両名の負担とし、証人小野茂、同河野末治、同田村照久、同和田五郎及び同佐藤志郎に支給した分は被告人海野文夫の負担とし、証人古平孝子(昭和四三年四月一一日支給分を除く。)、同隈原哲志、同渡辺新二及び同斉藤武三に支給した分は被告人角田旭の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人両名は神奈川県民主商工会湘南支部大和出張所(通称湘南商工会大和支部)の事務局員であるが、

第一被告人海野 同角田は共謀の上、

一  昭和三八年九月一三日午後二時ころ、神奈川県大和市深見一、〇八一番地青果商中村静子方において、藤沢税務署所得税第二課所得税第三係収税官吏渡辺真也が右中村に関する昭和三七年分所得税確定申告調査のため帳簿書類その他の物件の検査をしようとするのに対し、右渡辺に近寄り、交々「事前通知のない調査は不当だ。」「営業妨害だ。」と怒鳴りつけ、前記中村の長男健二に対し「荷がついたから今日は忙しいから帰つてくれといえ。」などと申し向けてこれを妨げ、

二  同月一八日午前一一時一〇分ころ、前同所において、前記渡辺真也、同課第二係収税官吏鍾ヶ江健一の両名が前記中村に関する前同様の検査をしようとするのに対し、右鍾ヶ江に近寄り、「なにを書いているんだ、書いたものを見せろ。」「営業妨害だ。」と大声で怒鳴りつけ、右渡辺が同店使用人に質問するとこれに応じないよう合図し、更に店内通路に立ちふさがりこれを妨げ、

三  同年一〇月九日午後一時ころ、同市深見八三八の一番地有限会社長嶺工業所において、同署法人税課法人税第二係長収税官高橋清、同課第三係収税官吏亀山兵吉、同課第二係収税官吏都厚三の三名が右会社に関する昭和三七年分法人税確定申告調査のため帳簿書類その他の物件の検査をしようとするのに対し、「いきなりまた調査か。抜きうちの調査には応じられない。」と申し向け、更に同会社代表取締役長嶺慶作の妻うめに対し、「奥さん、ちよつと用事があるからといつてここを出て行きなさいよ。」と申し向けて、これを妨げ、

第二被告人海野は、

一  内藤好夫と共謀の上、同年九月一二日午後零時三〇分ころ、同市下鶴間三、三四三番地青果商和田五郎方において、同署所得税第二課所得税第三係収税官吏小野茂が右和田に関する昭和三七年分所得税確定申告調査のため帳簿書類その他の物件の検査をしようとするのに対し、右小野につめ寄り大声にて「本人が都合が悪いから帰つてくれといつているだろう。」「都合が悪いから早く帰れ。」と怒鳴りつけ、同人と和田の間に立ちふさがり、これを妨げ、

二  内藤好夫外六名と共謀の上、同日午後二時ころ、同市深見八一七の一番地青果商佐藤志郎方において、同署所得税第二課所得税第四係収税官吏河野末治が右佐藤に関する前同様の検査をしようとするのに対し、右河野を取り囲んで店舗脇の物置付近に追いやり、「本人が帰れといつているんだから帰れ。」と怒鳴りつけてこれを妨げ、

三  内藤好夫外七名と共謀の上、同年同月一六日午後一時ころ、前記佐藤志郎方において、前記収税官吏河野末治、同署所得税第二課第二係収税官吏横山忠行の両名が右佐藤に関する前同様の検査をしようとするのに対し、大声で、「なんだまた来たな。」「店の前で営業妨害になるからこつちへこい。」と怒鳴りつけた上右両名を取り囲み、店舗脇の物置付近に移動させて、これを妨げ、

四  菅原昭二と共謀の上、同年同月二三日午前一一時過ぎころ、前記和田五郎方において、同署所得税第一課所得税第二係長収税官吏伊藤三男、同署第二課第三係収税官吏小野茂の両名が右和田に関する前同様の検査をしようとするのに対し、右両名につめ寄り「なにお、表に出ろ。」「営業妨害だ、さつさと帰れ。」と怒鳴りつけ右伊藤の肩を小突きこれを妨げ、

五  同月二六日午後一時一〇分過ぎころ、前記佐藤志郎方において、前記収税官吏河野末治、同署所得税第二課第一係収税官吏田村照久の両名が右佐藤に関する前同様の検査をしようとするのに対し、右田村につめ寄り今にも暴力を振うような気勢を示し、「おい、なにを書いたんだ、それを見せろ。」と大声で怒鳴りつけ、「早く帰れよ。」と申し向けて、これを妨げ、

第三被告人角田は、

一  同月一七日午前一〇時過ぎころ、同市下鶴間三、二〇二番地飲食業斉藤富貴方において、前記収税官吏伊藤三男、同署所得税第二課第一係収税官吏古平孝子の両名が右斉藤に関する前同様の検査をしようとするのに対し、「だいたいなんの調査に来たのか。」「勝手に来ては困るぢやないか、帰つてくれ。」と大声で怒鳴りつけ、更に「何か書いたものを見せてもらおうではないか。」と右伊藤の目前につめ寄つて、これを妨げ、

二  同月一八日午後一時ころ、同市深見二、七〇三番地木材商山崎清方において、同署所得税第二課第二係収税官吏隈原哲志、同課第一係収税官吏渡辺新二の両名が右山崎に関する前同様の検査をしようとするのに対し右渡辺と山崎の妻テル子の間に立ちはだかり、「この野郎、なんで市の話をきくんだ、今日は調査に来たんだろう、市の話は関係ないだろう。」「今日は本人がいないし突然調査だから帰れ。」と大声で怒鳴りつけ所携の大学ノートで傍の卓子を数回叩いて威嚇し、これを妨げ、

三  同年一〇月一〇日午後一時三〇分過ぎころ、前記斉藤富貴方において、前記収税官吏渡辺真也、同横山忠行、同古平孝子の三名が右斉藤に関する前同様の検査をするため右斉藤富貴の夫武三に対して出前伝票の提示を求めた際、同人がこれに応じて差し出そうとしたところ、「だめだ、見せてはいけない。」と大声で制止して、これを妨げ、

たものである。

(証拠の標目)

判示冒頭の事実につき

一  被告人両名の当公判廷における供述

判示第一の一、二及び第三の三の事実につき

一  第二回ないし第四回公判調書中の証人渡辺真也の各供述部分(但し、第二回公判調書速記録二丁表一二行目から三丁裏五行目までの部分を除く。)

判示第一の一、二の事実につき

一  中村静子の検察官に対する供述調書抄本

判示第一の二の事実につき

一  第五回公判調書中の証人鍾ヶ江健一の供述部分(但し、速記録三丁裏三行目から同九行目までの部分を除く。)

判示第一の三の事実につき

一  第六回及び第七回公判調書中の証人高橋清の各供述部分(但し、第六回公判調書速記録五丁表一〇行目から六丁裏九行目までのうちの法人税歴表に関する部分を除く。)

一  第八回、第九回、第一一回公判調書中の証人亀山兵吉の各供述部分

判示第二の一及び四の事実につき

一  第一二回公判調書中の証人小野茂の供述部分

一  証人小野茂に対する当裁判所の尋問調書

一  和田五郎の検察官に対する供述調書

判示第二の二、三及び五の事実につき

一  第一二回ないし第一四回公判調書中の証人河野末治の各供述部分(但し、第一二回公判調書中の同証人速記録四丁表八行目から同丁裏六行目までの部分を除く。)

判示第二の三及び第三の三の事実につき

一  第四一回、第四三回及び第四四回公判調書中の証人横山忠行の各供述部分

判示第二の四及び第三の一の事実につき

一  第三四回ないし第三六回公判調書中の証人伊藤三男の各供述部分

判示第二の五の事実につき

一  第三七回ないし第四〇回公判調書中の証人田村照久の各供述部分

判示第三の一及び三の事実につき

一  第一五回ないし第一七回、第二三回及び第二六回公判調書中の証人古平孝子の各供述部分(但し、第一五回公判調書速記録八丁表五行目から同一三行目までの部分及び同速記録一三丁表一三行目から裏五行目までの部分を除く。)

判示第三の二の事実につき

一  第二六回、第二八回及び第二九回公判調書中の証人隈原哲志の各供述部分

一  第二九回ないし第三三回公判調書中の証人渡辺新二の各供述部分

一  山崎テル子の検察官に対する供述調書抄本

(法令の適用)

被告人両名の判示第一の一、二の各所為及び被告人海野の判示第二の一ないし四の各所為はいずれも刑法六〇条、昭和四〇年法律第三三号附則三五条により同法による改正前の所得税法(以下旧所得税法という。)七〇条一〇号、六三条に、被告人両名の判示第一の三の各所為は刑法六〇条、昭和四〇年法律第三四号附則一九条により同法による改正前の法人税法(以下旧法人税法という。)四九条二号、四五条に、被告人海野の判示第二の五及び被告人角田の判示第三の一、二、三の各所為はいずれも旧所得税法七〇条一〇号、六三条に各該当するところ、判示各罪につきいずれも所定刑中罰金刑を選択し、被告人海野につき判示第一の一ないし三、第二の一ないし五の各罪、被告人角田につき判示第一の一ないし三、第三の一ないし三の各罪はそれぞれ刑法四五条前段の併合罪であるから、それぞれ刑法四八条二項により各罪所定の罰金の合算額の範囲内で被告人両名を各罰金五万円に処し、被告人両名において右罰金を完納することができないときは、同法一八条により被告人両名につき金二、〇〇〇円をそれぞれ一日に換算した期間その被告人を労役場に留置し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文(連帯負担については同法一八二条をも適用。)によりこれを主文のとおり被告人両名に負担させることとする。

(弁護人の主張に対する判断)

一  弁護人は、本件における各調査は税務当局が、税務調査に名をかりて、民商を弾圧するために行つたものであり、検察官の本件公訴提起は税務当局の右の違法不当な調査を追認するものであつて、公訴権の濫用であり、公訴棄却さるべきであるし、また、本件訴因は、時間、共謀の内容等が特定されておらず、訴因の特定性、明示性を欠くから公訴棄却さるべきである、と主張する。

よつて判断するに、本件各調査はかねて申告の内容、事業の形態等に照らし、過少申告の疑いのもたれていた中村静子ら六名の納税義務者に対し、所得税あるいは法人税の公平確実な賦課徴収のために必要な資料を収集することを目的として行われたものであることが前掲各証拠によつて明らかである。もつとも、証人小粥正己の当公判廷における供述によれば、本件当時、藤沢税務署においては、民商会員である納税義務者に対し重点的に調査を行う、との東京国税局の方針に関連して、本件各調査を行つたものであり、本件の調査対象者はいずれも当時民商会員であつたこと、調査にあたつては事前通知をなさず、民商事務局員の立会を認めない方針であつたことなどが認められ、また、横浜地方裁判所昭和四一年(行ウ)第一八号事件における被告本人(木村秀弘)調書写三冊、第四六回国会衆議院内閣委員会議録第三四号、衆議院大蔵委員会議録第一三号、大蔵委員会税制及び税の執行に関する小委員会議録第二号及び第四五国会参議院大蔵委員会会議録第二号によれば、当時、国税庁の方針として全国的規模において右同様の民商会員を対象とした調査が行なわれ、これがために多数の民商脱会者が出たことが認められるのであつて、これらの事実からすれば、税務当局は民商を税務行政上好ましくない団体と見ていたことが窺える。しかし、本件全証拠を検討するも、未だ税務当局が弁護人主張のように専ら民商弾圧のためにのみ本件調査を行つたと認めることはできない。のみならず、その他の点についても後記認定の如く本件調査に何ら違法な点は存しないし、その調査に関し妨害罪の成立が認められる本件について、検察官が訴追裁量を誤つたと認めることもできない。

また、本件各訴因については、弁護人主張のように時間及び共謀の具体的内容が記載されていないけれども、犯行日、犯罪場所、犯行態様について詳細に記載されており、審判対象としての特定性を欠くものではないのは勿論のこと、被告人らの防禦のためにも何ら支障をきたすものではないというべきである。

従つて、弁護人の公訴棄却の申立はいずれも採用することができない。

二  弁護人は、被告人らの所為は、未だ検査行為と見得る具体的客観的状況の存在しないときになされたものであるから、検査妨害罪の成立する余地はない旨主張する。

しかし、旧所得税法七〇条一〇号及び旧法人税法四九条二号の「検査を妨げ」とは現に行なわれている検査を妨げるだけでなく、検査をしようとしているのを妨げることをも意味するものと解すべきであり(昭和四九月三月二七日東京高等裁判所第一三刑事部判決参照)、検査を受ける意思のない相手方を、これを受けるよう説得する行為もまた「検査をしようとしている」行為に外ならないというべきところ、前掲各証拠によれば、本件はいずれも、収税官吏が相手方店舗に臨店して来意を告げたうえ、検査をしようとして、説得するなど相手方との折衝中に発生したものであることが認められるから、検査妨害罪の成立することは明らかであり、従つて、弁護人の右主張は理由がない。

三  弁護人は、本件各調査は、事前通知、調査日時の事前調整の慣行を無視して行われたものであり、納税義務者の業務を妨害したから憲法二五条に、民商会員を民商から脱退させるために行われたものであるから憲法一九条、二一条に、大企業に対し事前通知を行つているのに、民商会員のように中小零細企業に対してこれを行わないで実施したのは憲法一四条に違反する。旧所得税法七〇条一〇号、旧法人税法四九条二号の規定は、司法官憲の発する令状なしで、強制検査を認めているから憲法三五条一項に、供述を強要するものであるから憲法三八条に、任意調査であるのに罰則を付し、その罰則の内容が苛酷であり、また構成要件が不明確であるから憲法三一条にそれぞれ違反する、と主張する。

よつて判断するに、本件全証拠を仔細に検討してみても、本件各調査が専ら民商会員を民商から脱退させる目的でのみ行なわれたものであると認めることはできないし、また、質問検査を実施する日時場所の事前通知は、もともと法律上の要件とされているものでなく、これをなすか否かは収税官吏の合理的裁量に任されているものと解すべきところ、前掲各証拠によれば、本件各場合においてはいずれも、調査対象者に前記の如く過少申告の疑いのあつたこと、調査に当つては民商事務局員らによる妨害が予想されたこと等の事情を認めることができ、これらの事情の下では事前通知、調査日時の事前調整等をなさなかつたことに何ら違法不当のかどはないものといわなければならない。従つて、弁護人の、本件各調査が憲法一四条、一九条、二一条、二五条に違反しているとの主張は採用できない。また、旧所得税法七〇条一〇号、六三条に規定する検査があらかじめ裁判官の発する令状によることをその一般的要件としないからといつて、憲法三五条の法意に反するものではないこと、及び旧所得税法七〇条一〇号、六三条に規定する質問検査が憲法三八条一項にいう「自己に不利益な供述」の「強要」にあたらないことはすでに最高裁判所昭和四七年一一月二二日大法廷判決(刑集二六巻九号五五四頁参照)の判示するとおり(旧法人税法四九条二号、四五条、四六条に定める検査についても同様に解せられる。)であるし、また、任意調査とはいつてもまつたく対等な私人相互間の関係とは異なり、収税官吏の質問検査に対しては、相手方はこれを受忍すべき義務を一般的に負うものというべきであつて、旧所得税法七〇条一〇号、六三条及び旧法人税法四九条二号、四五条、四六条は刑罰を加えることによつて間接的心理的にその受忍を強制しようとするものであるところ、右各法律の定める刑罰(一年以下の徴役又は二〇万円以下の罰金)の程度では必ずしも苛酷な刑罰を定めているとはいえないし、また、旧所得税法六三条の文言の意義は、収税官吏において、当該調査の目的、調査すべき事項、申請、申告の体裁、内容、帳簿の記入、保存状況、事業の形態等具体的事情にかんがみ、客観的必要性があると判断される場合には、職権調査の一方法として同条一項各号規定の者に対し質問し、またはその事業に関する帳簿、書類その他当該調査事項に関連性を有する物件の検査を行なう権限を認めた趣旨であつて、この場合の質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、右にいう質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある収税官吏の合理的な選択に委ねられているものと解すべきであり(昭和四八年七月一〇日最高裁判所第三小法廷決定参照)(旧法人税法四五条、五六条も同様に解せられる。)、旧所得税法七〇条一〇号、旧法人税法四九条二号は、右の検査を拒み、妨げ、又は忌避した者を処罰することを定めているものであり、「検査を妨げ」とは前記の如く解すべきものであるから、これらの罪の構成要件が規定のうえで明確を欠くということはできない。結局、弁護人の旧所得税法七〇条一〇号、六三条、旧法人税法四九条二号、四五条、四六条が憲法三一条、三五条、三八条に違反するとの主張はいずれも採用できない。

四  弁護人は、本件においては中小企業者の営業と生活を守るために諸問題に取りくむことを業務内容とする民商事務局員の職にあつた被告人らが、会員業者の営業と生活を守るため事前通知なく臨店した税務職員に対し交渉したものであるから正当な業務行為である。仮りに業務に該らないとしても中小企業者の営業と生活を守るためであるから、目的において正当であり、被告人らの立会い、事前通知を求めて言葉や身振りで説明し交渉したのであるから、手段方法においても相当であり、被告人らが保全しようとした法益は侵害した法益と均衡を保つか又は優越しているから正当行為である、と主張する。

よつて判断するに、被告人らの本件各所為が民商事務局員の正当な業務の範囲に属するとは到底認めることができないし、また旧所得税法七〇条一〇号及び旧法人税法四九条二号の定める当該帳簿書類その他の物件の検査を妨げる罪は、適法な検査を保護し、検査の実効性を確保して適正公平な課税権の行使に資し、税制の目的を達成するために必要な限度で公務執行妨害罪にいたらない程度の行為を禁じようとするものであつて、公務執行妨害罪の補充的規定たる一面を有すること及び被告人らの本件各所為の性質、態様等を総合考慮すると、目的実現のための手段方法として相当であるとは認められない。従つて刑法三五条により違法性を欠くとの主張は採用することができない。

五  弁護人は、事前通知なく、いきなり納税者宅に立入り、民商を弾圧する目的で調査等をするという急迫不正の侵害から、納税者の業務、私生活の平穏等の権利を守るためやむことを得ずして行つた行為であり、刑法三六条の正当防衛であり、違法性はない旨主張する。

しかしながら、前述の如く本件各場合における税務職員の調査には何ら違法な点は存せず、従つてこれをもつて急迫不正の侵害となし得ないこと勿論であるから、その余の点について判断するまでもなく、正当防衛の主張は理由がない。

六  弁護人は、さらに、仮りに正当行為、正当防衛に該らないとしても本件においては可罰的違法性がないと主張するが、旧所得税法七〇条一〇号及び旧法人税法四九条二号の規定は、公務執行妨害罪のように、その行為を暴行若しくは脅迫行為のみに限定しているものではないこと、その刑は一年以下の懲役又は二〇万円以下の罰金であること、また前述の如く公務執行妨害罪にいたらない程度の行為を禁じようとするものであつて、公務執行妨害罪の補充的規定たる性格を有していること等に鑑みると、被告人らの本件各所為は、右規定が本来予想しているものに該当するというべきであつて、本件調査が事前通知及び調査理由の告知を欠き、民商事務局員の立会を認めないものであつたこと、犯行時と現在とでは社会情勢が変化していること等を考慮しても、到底可罰性を欠くとは認められない。

七  さらに、検査を妨げる罪がいわゆる身分犯でないことは、旧所得税法七〇条一〇号に関し、昭和四五年一二月一八日最高裁判所第二小法廷判決(最高裁判例集二四巻一三号一、七七三頁参照)の示すところであり、当裁判所もこの見解に従うものであるから、この点に関する弁護人の主張も理由がない。

よつて、主文のとおり判決する。

昭和五一年四月五日

(裁判長裁判官 山崎宏八 裁判官 一宮和夫 裁判官岩城晴義は転補につき署名押印することができない。裁判長裁判官 山崎宏八)

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